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りんごかもしれない 

おもしろかったー!

りんごかもしれない
りんごかもしれないヨシタケシンスケ

ブロンズ新社 2013-04-17
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始まりは一個のりんご。
テーブルにのっかてるりんごを見て、ぼくは思う。

「もしかしたら、これは りんごじゃないのかもしれない。」 

りんごじゃないのかもしれない、
から始まる珍発想。

大きなサクランボの一部かもしれない。
なかみはぶどうゼリーなのかもしれない。
むいてもむいてもかわかもしれない。
ぼくからみえない はんたいがわはみかんかもしれない。

どこまで続くんだ、この妄想はーーーーー!
とページをめくる手がはやってしまいました。

一つのりんごから、「じゃないかもしれない。」と連想できる、
その頭の柔らかさに脱帽。
てか、こういう発想で絵本を作る人がいる、
その才能に脱帽脱帽・・・。

きっと子どもにはもっとこの妄想力があるんじゃね?
てことで読者の「りんごかもしれない」ネタを送ることができるカードが
絵本にはさまれてました。
うちのちびっ子も書いてた。
うちの子らしい、かわいい妄想ににんまり・・・←親ばかだね。
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[2013/06/27 14:57] ユーモア・ナンセンス | TB(0) | CM(0)

うちは精肉店 

これはスゴイなあ。

うちは精肉店
うちは精肉店本橋成一

農山漁村文化協会 2013-03-05
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大阪府貝塚市にある小さな屠場、
「貝塚市立と畜場」最後の一日を写真でおった写真絵本。

屠場というのは、牛や豚などの家畜を食材の肉にする場所。
北出精肉店は、肉を小売りするだけでなく、
市場で仕入れた子牛を育て、その牛を屠畜し切り分け売るまでを
手がけている精肉店なのだとか。

牛を屠場まで連れて行き、その牛の眉間をハンマーで叩いて気絶させ、
頸動脈を切り、体の中の血をすべて流し切り、牛の肉を解体、
店頭に並べられる「食肉」にするまでが、
写真とともに語られます。

こう書くと、ショッキングな写真が並べられているのか・・・
と思うかもしれませんが、意外にそれほどでもありません。
それは、写真がすべてモノクロだからかもしれないし、
決定的な写真は使われていないからかもしれません。

それでも、気絶し、頭を切り離された牛の写真や、
皮をはがされる牛の写真、
天井からつるされ、内蔵を取り出される牛の写真は
迫力の一言。
普段あまり意識しないけれども、
「生命をいただく。」
とはこういうことなんだ、ということをまざまざと見せつけられます。

本文はもちろん、
巻末にあるこの精肉店で働く北出さんのインタビューを
興味深く読みました。

牛のいのちをいただくというのは、瞬間やねんな。
いのちをいただくという一瞬をはさんで、
牛は生き物から食べ物になるんです。

屠畜の仕事は生活の一部で、
やはりお金の面で考えてしまう部分もある。
それでいて片一方で、牛は自分のいのちを生きときながら、
人間のために生きてるんじゃないんだと。
人間の都合で牛のいのちをいただいている部分がある。



現場で働く人ならではの「いのち」観は重みがあります。
一読の価値あり。

ところで、その昔、森達也さんの
「いのちの食べかた」
という本を読んだことがあります。
この本の中で、屠畜という仕事は
あまり語られることのない仕事で・・・
というような記述があったような、なかったような・・・。
あの本が出版されてから、何年がたつんだろう?
絵本になるような時代がくるとは。
隔世の感あり。です。


[2013/06/06 14:59] いのちを感じる! | TB(0) | CM(0)
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